A_青森市安方について

青森市安方についての紹介です。



名前の由来
 1624年(寛永元年)に津軽藩命により善知鳥村から青森村へ改称され、開港事業が行われたのが青森市の発祥となります。
 その約120前には三戸南部氏の一族である堤弾正が支配していた。その頃の当地には、安潟と呼ばれる湖沼があり、漁師達が漁港に使っていたと言い伝えられている。この安潟は徐々に干拓され規模が縮小していき、現在の善知鳥沼となっている。  当町会名である「安方(やすかた)」は、この「安潟」の名に由来し、かつての湖沼(干拓地)に付けられた名前で、青森村の町作り当所からの歴史が有る。

「善知鳥」と「安方」
 青森市民になじみ深い青森市安方の「善知鳥神社(うとうじんじゃ)」に関連した伝承が幾つか残され、世阿弥作の謡曲「善知鳥(宝生流)」のモデルの地とされている。
 これらの伝承の一つに、『烏頭中納言藤原安方朝臣という貴族が流罪となり、辿り着いた「外ヶ浜(現青森市の海岸付近の旧名)」で亡くなった。その霊は鳥となって海に群がりたくさん鳴いていたのを、その名をとって「うとう」と名付けた』というものがある。また、藤原定家が「陸奥の外の浜なる呼子鳥鳴くなる声はうたふやすかた」という和歌を詠んでいる。
 古くより「善知鳥」と「安方」は一体として扱われ、当「やすかた」の地名発祥の一つとして考えられている。

現在の安方
 青森市発祥の地の一つとして、古くは経済・文化の中心地で有った。青森市街地が青森平野南部に広がるにつれ、中心地としての役割は徐々に低くなって行き、衰退化も見られた時期が有った。しかし、昨今の安方は、青森市のコンパクトシティ構想のもとで再開発化が行われ、いろいろな公的施設や町中居住としてのマンションなどが建築されつつある。
 観光ガイドブックに必ず記載されている安方町内にある主な施設等は、

アスパム(青森県観光物産館)
   青森の観光拠点の一つで、三角形の建物が印象的。青森みなと祭などの各種イベントが周辺地(青い海公園)でとりおこなわれる。また、青森ねぶた祭の最終日に行われる花火大会の会場ともなっている。
ラッセランド(ねぶた小屋団地)
   毎年5月からねぶた祭終了まで出現する仮設の小屋群で、「青森ねぶた」がそこで作成される。
青森ベイブリッジ
   平成6年に完成した我が国最大級のPC斜張橋で、海岸沿いに青森市の東西を結んでいる。
新観光施設(計画中)
   青森駅隣接地に新しく「観光施設」を建築する計画が進行中である。
善知鳥神社
   青森市発祥の地の一つで、奥州街道の終着点でもある。(現在も青森市の道路原点)

 他に近接地には、「メモリアルシップ八甲田丸」・「青森県立郷土館」などの施設や、青森市の中心商店街である「新町」・「古川」、青森県庁を中止とした官庁街などがある。(個別の施設については、「ブログ」で紹介しています。)